2013年3月 9日 (土)

リロ闘病記 あとがき (悪性リンパ腫)

ここ数日、急に春めいてきましたねcherryblossom
しかしながら、重度の花粉症持ちの私にはかなり辛い!昨夜は一晩で、ティッシュペーパー、一箱使い果たしました。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



さて、リロが亡くなって、約一週間の月日が経ちました。
丸10年付き添い続けた母は、リロの最期の時間が余りに愛しく、そして代わってやれないもどかしさ、元気な時にもっともっと可愛がってやれたら良かった…など複雑な想いに駆られ、亡くなって間もなく、胃痛と嘔吐で寝込んでしまいました。

私はその夜、明け方までリロとお通夜をし、翌日の2日、父と弟の3人で近くの動物霊園にて葬儀を済ませてきました。

本来ならば家族みんなで葬儀に参列したかったのですが、リロの亡骸が余りにも安らかで美しく、あまり長いこと一緒にいると未練が残りそうで、母の了解のもと、3人での葬儀となりました。

今はリロの骨が自宅に戻り、四十九日辺りに霊園の納骨堂に納める予定となっています。

その後はお世話になった先生方への御礼の品の買い物、そして御礼のご挨拶。葬儀が終わってもまだすべきことの残っていた私は、リロのいなくなった悲しみを感じるより、母の代わりにしっかりしなくては…との思いが強く、暫くは淡々とすべきことをこなしていました。

でも全ての予定が終わるとガタガタと崩れ落ちるように、神経性の急性胃腸炎になり、母を追うように寝込んでしまい… (;´д`)

それももう今はほぼ復活。
リロの闘病部屋になっていた私の寝室の大掃除、リロが遊んでいた玩具の数々の撤去、そしてこの1ヶ月半後回しになっていたタムの部屋の大掃除やシャンプーなどを行い、普通の生活を取り戻しつつあります。


それでも、どこかにポッカリと空いてしまったような心の空虚感は埋められず、悲しみの涙も、他愛ない笑顔も失ってしまったかのような毎日を過ごしています。

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リロが病気になってブログを書き始めたのは、最初、その事実が余りにもショックで一人で抱えきれなかった。それだけです。

この猫と犬と石~私の癒し~catはリロとタムの記事からスタートしたブログ。
リロの一大事を載せない訳にいきませんでした。
でも書き続けているうちに、限りある命であるリロのことを最後まで書き続けよう。と言う思いに変わりました。


その理由は3つあります。

①リロの闘病生活から私自身が逃げないこと。

回復を目指す治療ならば、どんなに過酷でも辛くてもいつかは明るい兆しが見えてきます。
その希望を頼りに病と闘っていけば、きっとまた普通の当たり前の暮らしが待っています。
でも、リロは死に向かってのホスピス治療でした。
どんなに家族が一丸となって病と向き合っても、近い将来消え行く命。

どこかで目を背けたくなったり、逃げ出したくなったりしてしまうのではないか…
自分が一番よく分かっていますが、私は余り精神的に強い人間ではありません。
記事を投稿することで、一人でも読んでくださる方がいらっしゃるなら、その方のためにも自分のためにも最後まで書き続けることがリロの病から逃げないことに繋がると感じたからです。

次に

②悲しみや辛さを先伸ばしにしないこと。

リロが不治の病と知ってから、毎日の更新は出来ませんでしたが、日々ジェットコースターのように好転したり、急変し苦しみもがくリロの姿を、出来るだけリアルタイムに書くことが、自分自身の気持ちを鎮め、時に状況を客観的にみつめることができるのでは…と考えました。
後にやって来るお別れの時、整理できていない自分の感情の渦に巻き込まれて、私自身を見失わいないためにも、刻一刻と変わる、容態や自分の心を出来るだけ整理し正直に書き綴りました。

①と②は自分自身を守るための方策だと思っています。

最後3つ目がブログを書き続けた一番大きなメッセージです。

③猫に限らず動物を飼っている方へ、何かヒントになることがないか…

動物を飼っていらっしゃる方なら必ず迎えなくてはならない、ペットとの別れ。
その最期を迎えるまで幾つもの決断や葛藤があります。私自身がそうでした。

事故などで急に意識不明になってしまった場合でなければ、人間なら言葉が交わせます。
どこの病院で、どの医師に、どんな治療法で、身体を治すまたは最期を迎えるかの選択を本人も交えて行うことも可能です。
どれ位痛いのか、気持ちが悪いのか、体調も言葉にして訴えることが出来ます。

でも動物は当然のことながら言葉は話せません。
日常の欲求程度なら仕草をみれば読み取ることもできますが、衰弱が進んだ病を抱えた動物の場合、それを読み取ることはほぼ不可能です。

リロが悪性リンパ腫と分かった時、ネットや本で病気のことをいろいろと調べました。
教科書的な治療方法などの情報はたくさんあり、参考にはなりましたが、いくつもある治療の選択肢について、何を選ぶことが一番良いのかという答えはどこにも載っていませんでした。


病院、治療方法、薬、ほとんどのことを獣医師とともに家族が決めなくてはならないのが、ペットと人間の一番違うところです。
後々、後悔をできるだけせず、ペットの立場に立って治療を進めるのは家族の役目だということを改めて感じ、その責任の重さを身体とこころで感じてきました。

・初めての開腹手術をする時、
・悪性リンパ腫とわかり、抗がん剤治療を受けるか否かを決める時、
・術後感染症にかかり、再手術を迫られた時、
・最期、安楽死を選ぶか、自宅で息を引き取ることを見守るかを決める時、

少なくとも、リロの場合は大きな決断だけでこれだけありました。
日々の治療方法を挙げればきりがないくらいです。
違う治療方法、また別の疾患の場合はもっともっとたくさんの決断や選択をしなければならない局面が出てくると思います。そして闘病期間が長くなる場合もあります。


決断をしたあともこれで良かったのか、と迷うことも度々ありました。
理性と感情がもつれてしまうこともありました。

リロの回復療養室に使っていたのは私の寝室で、PCは別の部屋にあり、ネットを使える環境がスマホに限られていたため、リロの看護をしながら、眠れない夜を過ごしながら、行きついたのが、病気になったペットと共に生きた家族の闘病記を綴ったブログでした。

最愛の家族であるペットが生死の境目にたつ病に侵されてしまった時、どんな心境で、病とペットと闘ってきたかを最期まで綴られたブログがたくさん存在していました。
その家族によって、治療の選択は違いますが、共通するのは、とにかく飼っている動物を愛していること。
そして、私と同じように、戸惑い、苦悩し、決断し、闘い続けきた記録でした。

沢山の方々のブログを読ませて頂いたことで、私自身も参考にさせて頂きましたし、リロと共に病と闘うパワーやエネルギーを頂いていました。

育てている環境や病気の種類によって、看護の形態も様々ですが、今後もし最愛のペットが同じような病になってしまった時、もし私のブログがどなたかの役に立つことがあれば…そんな思いも込めて書き続けていたことがこのブログの一番の真意です。

なので、読まれる方によっては、非常につらい場面や不快に思われる内容もあったかと思っています。でも正直に事実を書かなければ、このブログの意味はないと、魂を削る思いで(ちょっと大袈裟ですが;)書いた内容もあります。



もうひとつ、可愛いだけではペットは飼えないということ。
最期まで命と向き合い、ともに生きるということは想像以上に大変なことです。
私自身も安易な考えで動物を飼いはじめたひとりではあります。
それでも、一緒に生活をしていく上で家族としての愛情や絆が生まれてくることを感じ、ペットというものは長く暮らしている方が可愛いとさえ思うようになりました。

でも、同じような考え方の人達ばかりではないことも悲しいけれど事実です。
病気になって棄ててしまう人、引っ越しでおいていってしまう人、それぞれの事情もあるのでしょうが、一度家族になった以上、最後まで責任をもって飼い続ける。
偉そうなことを言える立場ではありませんが、そう思って頂けるの方のもとでペットは暮らして欲しいと思っています。


こんな様々な思いがあって、書き続けたこと、ご理解頂けると幸いです。
また、ブログをFBにもリンクさせて頂いておりましたが、たくさんの方から励ましやエールの言葉を頂戴しましたこと、本当に感謝しております。

家と病院だけの狭い世界での生活で、悩むこともたくさんあった1ヶ月半、皆さんの言葉が大きな励みになっていました。
そして、自分が思っていたほど、大きく体調を崩すことなく生活出来ています。

皆さんのエールがリロにも届いていると私は信じています。
そして今もきっとリロは喜んでいると思います。
私自身は闘病中のリロからたくさんの事を学びました。


現在は、生活を普通に戻しながら、少し崩してしまった体調のメンテナンスを行っています。
気持ちと身体両方の環境が整いましたら、また制作活動も再開したいと思っております。皆様には私事でご心配をかけ、制作も中断したままになり、申し訳なく思っておりますが、どうしても、リロと一緒に病と向き合いたかった。その思いを優先させて頂きました。

大変長くなりましたが、リロの闘病記のあとがきとさせて頂きます。

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2013年3月 1日 (金)

リロ闘病記 最終章 (悪性リンパ腫)

 本日3月1日、午後7時40分

 リロは永眠いたしました。



夕方5時頃から、鼻呼吸から口呼吸へと変わり、苦しそうな表情が増えました。

最後の一時間は、両親、私に見守られ、赤ちゃんの時のような可愛い声を上げながら、家族一人ひとりをものすごく強い目力で見つめ、何度も私たちに腕を伸ばし、苦しさを痛みを訴えかけていました。

もう楽になって良いよ。と声を掛けても頑張り続けました。


事前に連絡を取っていた弟が早めに仕事を切り上げ、帰ってきたときは少し苦しさが楽になっている表情でした。

弟が荷物をおろし、床に座り、
『リロちゃん、帰ってきたよ』
と声を掛けた時、リロが弟に手を伸ばしたのです。
その手を握りしめた瞬間、時間にしてほんの10秒くらいだったでしょうか。


静かに呼吸がとまり、すーっと息を引き取りました。


母や父は気付かないほどあっという間の出来事でした。

弟は手を握った瞬間、何かか細い電流が走ったような衝撃を手に感じたようです。

私は腹式呼吸が出来なくなり、肺で呼吸していた胸が、風船の空気が抜けてしまったようにしぼんだ瞬間、リロが逝ったことに気づきました。

母にそれを告げてもなかなか信じられず、心臓に手をあて、抱きかかえ、まったく動いていないことがわかり、狼狽していました。


リロは弟の帰りを待って、家族全員そろったところで、やっと安心して息を引き取ることが出来たのだと感じています。

この光景を家族全員一生忘れることはできないと思います。
家族全員がリロを愛し、リロが家族全員を愛してくれたことが確信できる最期でした。


長い間、ブログを読んでくださったみなさま、ありがとうございます。

少し落ち着きましたら、この長いブログを書き続けた私の思いをまた書かせて頂きたいと思います。


追伸・リロへ

うちの子になってくれてどうもありがとう。
家族思いの優しい子に育ってくれてとても嬉しいです。

ペットショップでリロと兄弟の4匹の子猫の中から、一番先に一目惚れしたのが貴女でした。本当は元気で健康な状態でもっと一緒に仲良く過ごしたかったけれど、悪性リンパ腫という病気には勝てなかったね。気付いてあげることが遅れてごめんなさい。
それでもこの1ヶ月半、一緒に過ごせたこと心から感謝してます。

きっとリロはもっと家族と一緒に過ごしたかったのかもしれないね、
それを必死に訴えてていたのかもしれない。
でも苦痛から解放されて、これからはやすらかに穏やかに過ごしてください。
そして、私たち家族を見守っていてね。

本当にありがとう。

やさしい寝顔。もう苦しくないよね。
一番最後の一瞬、苦しまずに逝ってくれて、それだけが救いでした。
長いおやすみなさい、だね。

リロ闘病記⑬ (悪性リンパ腫)

本日、3月1日 春一番が吹いていますdash

リロの容態は昨夜9時頃から急変。
息が激しく荒くなり、声を掛けても尻尾ですら反応しなくなりました。

10時過ぎに残業を終えてから、リロの様子を見に来た弟にですら、一切の無反応です。

家族4人、リロの様子を見て今夜がヤマだと悟り、母と私は仮眠を交替でとりながら、朝までリロについていることにしました。
弟も、「今日で会えるの最後かな」 と言い残し、帰っていきました。

昨日、輸液を150CC入れたのにも関わらず、昼から一度もトイレに行けないリロ。 トイレに入っても用を足す前に力尽きてしまいます。 昨日50㎝進めた体は数時間のうちに、30㎝進むのが精一杯になりました。

夜中の12時を過ぎた辺り、何度か激しい痙攣がリロを襲います。 もうこれで終わりかもと思った瞬間でした。


その後、ちょっと不思議な事があったのです。

いつもは母の寝室以外、他の部屋には一切出てこないノンちゃんとシロ。
毎晩寝る前に2匹に『もうすぐリロちゃんが天国にいくから、苦しまないように祈ってあげて』と話掛けていました。

いつもヤンチャで落ち着きのないシロがまず、リビングにそっと入ってきて、付かず離れずの距離で横たわるリロを見つめているのです。

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その後、ノンちゃんも同じようにリロの傍にやってきて、そっと見つめています。

そしてもとの部屋に戻っていきました。

私達にはお別れを言いに来たのかと思ってしまうような行動でした。

暫くしてリロがようやくトイレに行くことが出来たのは夜中の2時頃。

まるで命を削るように、渾身の力で。
トイレに行くことが出来たことで少しスッキリしたのか、息の荒らさが少し落ち着きました。


そして母と仮眠の交替をしようと、母を起こし、私がお風呂に入ったときのことです。
母曰く、シャワーの音が聞こえた途端、何度も転びながらもお風呂場の近くまでリロが歩いていったそうです。
トイレも済ましたばかり。
母は、お風呂に入ったことに気づいたリロが私の元に駆け寄ったのだと、すぐに気がつき、私が出てくるまで敢えて、リロを動かさなかったようです。

私がお風呂のドアを明けると、一目散に私に向かってヨレヨレになりながらも走ってきました。
そして、私の足の甲の上で荒い息を上げながらも眠り始めたのです。
日に日に衰えていく体力の中でのこの行動、愛しさと健気さに堪らない想いが溢れました。

家族とひとときも離れたくないのです。

献身的に面倒をみる事が逆にリロを長く生きさせ、苦しませているのではないかと思いにも駆られました。


今朝、病院につれていくと、 体温が37℃まで下がっていました。 (リロの平熱は38、5℃位です)

耳も目も真っ白で極度の貧血状態。

先生からも、 『リロちゃんは全ての体力を使い果たしました。
このまま体温が下がり、息が上がっていきます。
今も相当苦しいはず。

今夜を超せるかがヤマです。

本当によく頑張っていますね。
あとはお家で穏やかに、ご家族の傍で過ごさせてあげてください』

ステロイド投与と吐き気止めを打って貰い、20日以上に渡る毎日の通院も本日で終了となりました。

これ以上は通院すること自体が体力消耗になります。


最後の診察が終わり、お会計を済ませると、先生が、もう一度リロちゃんの顔を見せて。と待合室まで出てきて下さいました。

『よく頑張ったな、偉いな』 と、たくさんたくさん撫でて貰いました。
すると、リロの目からポロっと涙が溢れました。
感謝の涙だったのかな?
先生の目も赤くなっていました。

残された限りある貴重な時間を、これからは家族とともに過ごし、最期の時を迎えてやろうと思います。

2013年2月28日 (木)

リロ闘病記⑫ (悪性リンパ腫)

本日で2月も終わり。

花粉はびゅんびゅん飛んでますが、雲ひとつない暖かい春の陽射しが射しこんで気持ちのいいお天気でした。

お陰様にて、今日もリロは生きています。

11月末頃はこんなにぷっくぷくの身体つきでした。

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しかし、今ではこんなに顔が三角になってしまいました。

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それでも、甘える姿。可愛いです。

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注・ここからはトイレネタなので、お食事中の方には大変申し訳ない内容となっております。


数日前からトイレに何度も這って行っては、身体の力が足りず用を足せずにその場にぐったりしてしまうことが続いていたリロ。

少ないながらも、食事を摂るようになってもう五日目。
排便をもよおすのですが、気張っても、踏ん張っても、筋肉という筋肉がなくなってしまっているので、排出させる力が足りないのです。

それでも残便感はあるので、自力で出そうと必死になってトイレ通い。
歩くのが大変なリロの為に、リビング中央の布団の横にトイレを設置したのですが、昨日から、昔から置いてあった洗面所まで歩いていくようになりました。

ちょっと焦った顔で私になにかを訴えます。
いつもの場所にトイレがないことに焦っている様子。急いでリビングから移動。
すると、すかさず中に入り、おしっこだけはスムーズにできました。

しかし、大きい方は何度チャレンジしても力尽き果ててしまうのです。

それを昨夜の2時まで繰り返していたのです。
私が寝る支度をはじめ、電気を消すと諦めたようにトイレから戻ってきました。
なんとも情けない顔で。


そんな様子を今日の診察で先生に伝えると、
『摘便しましょうか?』と。
それで少しでも気持ち悪さからくるトイレ通いが減ってくれるのであれば、とお願いしました。

『痛みがかなりありますか?』と聞くと、
リロちゃんの場合、浣腸しても出せないと思うので、嫌がる寸前のところまでやってみましょう。ということに。

摘便とは自力で排便が出来なくなった人や動物の肛門に直接指を入れて掻き出す医療行為。

『みょーん、みゃーん(*_*)』ともだえるような声を上げてはいましたが、かなり素早く何度も固まってしまった便を、見事にかなりの量出してくださいました。


恐らくスッキリしたのでしょう。
帰ってきてからは、無駄なトイレ通いがピタっと収まりました(●^o^●)
お気に入りの椅子の上でずっと横になっています。


衰弱は時間の経過とともに進んではいます。昨日3メートル歩けた体が、今日は1m。
今は50cm歩くと息が上がってしまいます。

しかし、今日のところ急変はなさそうだったので、毎年の面倒な手続き、確定申告の提出も済ますことができました。
気掛かりだったことをひとつ終え、一安心。


今夜も、同じ食卓で食事を摂ることが出来ました。

春らしい食材、新玉ねぎ・新じゃが・きぬさやがスーパーに並んだので≪肉じゃが≫と小松菜・油揚げの味噌汁が今夜のメニューです。

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明日は春一番の予報も…。


リロの体調はジェットコースターが急降下し始めているようにも感じられますが、少しだけでも春を一緒に過ごせて嬉しい気持ちでいっぱいです。
これからの一瞬一瞬を大事に過ごしていこうと思っています。


そして最後に望むこと…
苦しむことが出来るだけ少なく、家族に見守られながら、息を引き取ってくれたら…。
それだけが家族の願いです。

2013年2月27日 (水)

リロ闘病記⑪ 雛祭りまで… (悪性リンパ腫)

リロの悪性リンパ腫の疑いが出てきてから書き続けている、リロの闘病ブログ。
タイトルは異なりますが、気付けばもう24回目の投稿になりました。
リロのことばかりを綴る長いブログにお付き合いくださってる皆様、本当にありがとうございます<m(__)m>

手術後に膿が溜まるなど何度ももうダメかも…という危機に直面し、吐き続け、一切飲まず食わずになった期間も長くあり、これでリロのブログを書くのは最後になるのかな…と思ったことも何度もありました。
ここまで書き続けることが出来たのは、リロが頑張って生きていてくれていることだと…そうご理解頂ければ幸いです。

本日、ステロイド投与8日目。
通常1週間で効果がなくなるといわれていますが、物凄く衰弱しきった身体ながらも、一日に何度か少量ずつ餌を食べ、何度も倒れながらもトイレに行き、家族の愛情を一身に受けながら、そして我儘も出しつつ、生きています。

食事を摂れるようになって4日目になりますが、この食事が摂れるようになった辺りから、1階の赤ちゃんの時から過ごしていたリビングでずっと過ごしたいと要求するようになりました。
ギャングのようなうるさいタムと一緒でも、耳が遠い父がみる音が大き目のテレビがついていようと平気なようです。
とにかく家族と一緒にいたい。それが見て取れます。

椅子の上がお気に入りでそこで眠って(横になって)いるのですが、母と私が視界からいなくなると、後ろ足に続き前足の筋肉もなくなってしまったヨロヨロの身体で、胴体からドスンと椅子から落ち、私たちを探しに這って歩いてきます。

危ないからと何度か2階の部屋に戻したのですが、やはりどうしても下の部屋に行きたいようで、階段の前まで歩き、横たわってしまいます。

嘔吐も止まり、食欲も見せるようになったのですが、体力はほとんどありません。
3メートル歩くと息が上がり、うずくまってしまうのです。


最後の我儘は全て聞き入れる!!!!
と、リロの生活スペースを1階のリビングに移動しました。
私と母の布団も含めて(笑)

特にトイレの後は力尽きてしまうので、トイレの中でうずくまっていたり、半分だけ体を出した状態で倒れ込んだりしています。

家の中にあるすべての座布団とクッションをフローリングの床に敷き、リロが落下しても、どこで寝ても大丈夫なように家具の模様替えもしました。

父もいるし、眠っているようだし、ほんの数メートルもないから大丈夫だろうと、母と二人で台所仕事をしているといつの間にか、私たちの足元で寝そべっているのです。なので台所にも座布団が敷いてあります。
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こんな感じで、家事が終わるのを待っているのです(*^_^*)


昨日は、リロに見守られながら、チキンソテーを作りました。

両親用には、ニンニク醤油。

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私はレモンと白ワインのソース、香草焼き。

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近くの安値スーパーOKで買ってきた霧島鶏の胸肉ですが、胸なのにジューシーで柔らかいのです!
父が糖尿病なので、脂身の多いもも肉は控えているのですが、霧島鶏だと、もも肉に負けない旨味です。


同じ食卓でリロは缶詰とカリカリ、鰹節をすこーし食べましたヽ(^o^)丿

同じ食卓で食べられる食事。
こんな日が一日でも長く続いてくれたら…と思うのですが、衰弱は時間を追うごとに進んでいます。

今は一瞬一瞬が大事で愛しくキラキラした時間に感じられます。
やせっぽちで、見るからに病気の末期がんの猫がこんなに可愛く愛しく感じられるようになるとは、飼いはじめたときには全く思っていませんでした。


昨夜、私がお風呂から出てきたドアの音に気付いたリロはよろけながら歩いてお風呂場まで命がけで突進。
力がないので、止まることもできなくなり、お風呂のタライに浸かってしまう惨事がありました(苦笑)
びしょ濡れになりながらも抱きかかえると嬉しそうに喉を鳴らします。

これだけ想って貰えたことが嬉しくて、私も離れたくなくなってしまうのです。


今月末まで生きれば、悪性リンパ腫末期、転移ありの猫ちゃんにしては大往生。
と、言われた2月が明日で終わります。
そこまで頑張ってくれているリロに、先生に、家族のみんなに感謝しています。


先生曰く、リロちゃんは女の子だから、3月3日の雛祭りの日まで、苦痛なく生きてくれたら嬉しいんだけどな…と。余命目標が延びました(笑)
私もひそかに願っています。

2013年2月25日 (月)

リロ闘病記⑩ 忘れかけていた頃に… (悪性リンパ腫)

リロのステロイド投与本日で六日目。

脱水症状回避の100CCのみの輸液と吐き気止めの注射がここ三日間続いています。

一昨日の夜から効果が出始め、嘔吐が止まり、栄養補給と言えるほどの分量には程遠いですが、一日に三回ほどすこーしずつ餌も食べてくれるようになりました。

餌を食べたこと、吐かなかったことを伝えた時の先生の喜びっぷりは家族以上。

延命は無理だとしても、最後に苦痛を取り除き、美味しい餌を食べ、家族と和やかな時間を過ごしてほしい。と言う先生の強い願いがリロにも届いたのです(*^^*)

今日は、鰹節、缶詰の他に、小さい粒のカリカリを5粒(笑)

そして、最中の栗餡の中の白餡(^.^)

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私の好物でもある紀ノ国屋のでっかい四角の最中。つぶ餡にぎゅうひが入ったものと、栗餡の二種類。
ちなみに私は栗餡が好み。
町田駅に出た時は、東急で家族分それぞれバラで買ってくるのです。
お手頃価格な割に、最中生地もサクサクふわふわで餡も甘過ぎず、固すぎず。

これ、リロの好物でもあります。

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栗の粒以外の柔らかい餡をペロペロとかなり食べてくれました。

そして、昨日一番嬉しかったのは…

そろそろ始めないとと取り掛かり始めた確定申告。
必要書類を引っ張り出し、仕分けをしながらリロ&母の布団の上に並べていると、いつの間にか眠っていたはずのリロが起き出し、私と母の間を割り、書類の上にドスンっ。と座りました。

まさにドヤ顔で(笑)

元気だった頃のリロは正に姫状態の我が儘小娘で、自分が話題の中心にいないとヒステリックになったり、人間の行動を邪魔するのがお決まりの猫だったのです。

新聞を読んでいると、その上にドッカリ座る。

無視していると口で新聞でも、袋でも噛みちぎる(笑)

昨日の行動は正に病気前のリロが戻ってきたような、忘れかけていたことを思い出させてくれるとても可愛い行為でした。


重度の痛みや高熱があって、筋力も衰え、吐き気続きでは、我が儘も出せません。
我が儘が出る位、一時的に元気な素振りを見せてくれるようになったことは、先生や家族が喜ぶことは勿論ですが、きっとリロ自身も幸せなはず。

ステロイドの効果が切れるのはもう間もなく。

その後、急降下するように体調が悪くなることは目に見えています。
それでも苦しいまま逝ってしまうより、少しでも好きなモノを食べ、我が儘振りを発揮出来ることは、リロにとっても嬉しい思いが残るのではないかと信じたいです。

リロが安定した体調で過ごしてくれていると、家族の笑顔も増え、時間的にも精神的にも余裕が出てきます。

今日はビールのつまみにも合う、新ジャガと絹さや、その他野菜たっぷりの「ジャーマンポテト炒め」を作りました。

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リロ含め家族が集う食卓。

一日でも長く続くことを願って…

2013年2月24日 (日)

リロ闘病記⑨ 食べた! (悪性リンパ腫)

先程の記事に、飲まず食わずになって8日目と書いた矢先。

いつもは夜中の1時を回った頃挨拶をしにきたかのように、下の部屋にやって来るリロは、今夜に限って、10時位からリビングに降りてきました。 体の長いリロが寝そべるにはちょっと小さい椅子。 いつも縮こまっているので、疲れるだろうと、30分位で二階に抱っこして戻します。

しかし、今日は素直に横にならず、下の部屋に行きたいと何度もドアの前に。 終いには渾身の力で絨毯を掻きむしる始末。

ほぼ24時間リロと一緒に過ごしている母は、辛そうな時も、吐き気をもよおし苦しそうにしている姿も日に日に衰弱する姿もずーっと見続けています。
もう、長くはないと覚悟を決めた時辺りから相思相愛のリロを想う気持ちが強くなりすぎて、少し精神的に参っている様子。

どうしても疲れて起きていられないからと、リロの付き添いを私が頼まれました。 一階の部屋で。

暫くは椅子の上でおとなしくしていたリロですが、おもむろに椅子から飛び下り、着地失敗(;´д`)
後ろ足の筋肉が特に弱く、着地やジャンプが出来ないのです。
その後、違う椅子にジャンプをチャレンジ。でも失敗。
抱き上げて椅子に乗せると、その先のテーブルの上に上り、大好物の鰹節が入った容器の前で、私を見つめます。

いつも、気持ちが悪いことを解消するために何か口にしては吐く。という行動を繰り返していたので、与えようかどうか一瞬迷いました。
でももし吐いてしまったとしても、好きなモノを食べさせてやりたい。と、餌皿に先日友人から頂いた鰹節を一袋入れてやると、物凄い勢いで食べ始めたのです。
しかも半袋分くらい。

その後吐いてしまうかも知れないと、雑巾やタムのオシッコシートを床に敷いて、準備も万端。

見てる限りでは、余り気持ち悪そうにみえなかったので、この部屋から出たいとアピールするまでの今夜は長期戦。と腹を括り、私もちょっと腹ごしらえ(これをやっちゃうんで結構大変な生活な割に痩せないのであります・苦笑) バンプキンスープを温めていたら、背後から強い眼差し!

リロが何かを食べたそうな顔をしてこちらを見ていました。

吐くなら吐いても良い。 要求を叶えてやりたい気持ちの方が、私の中で上回りました。

缶詰を持って来ると目がまんまる。

ちょっとはしたないのですが、缶詰から直接食べるのが好きなリロ。
蓋を開けて、口元にもっていくと美味しそうにスープを舐めています。 フレーク状の塊は食べられませんでしたが、缶詰内のスープは見事に飲み干しました。

そして半月振り位に毛繕いを始めたのです。

食べたものに満足した時にしかしなかった毛繕い。
顔も洗いたい様子でしたが、後ろ足で体を支えられないので、よろけてしまいます。
お尻の部分を両手でしっかり支えて、ほんの2~3回でしたが、前足を使って顔も洗えました(*^^*)


人間も美味しいモノを食べれば幸せな気分になれます。
食べたいものだったらより満足感も大きいはず。

リロにとって、9日振りのご飯が幸せなひとときとなってくれたら、この上ない喜びです。

心配していた嘔吐ですが、食べてから一時間以上経った今でも落ち着いた様子で椅子の上で眠っています。

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やっと落ち着いたところを動かすのも可哀想な気がして、私の睡魔の限界が来るまで一緒の空間で過ごしたいと思います。

ステロイドの効果大とは言え、ホントに頑張ってます、リロちゃん。
いとおしさ倍増です。

2013年2月23日 (土)

リロ闘病記⑧ (悪性リンパ腫)

リロの病気発覚から33日目

手術から30日目

感染症による腹部の膿発覚から毎日連日の通院による抗生剤投与から17日目

飲まず食わずになってから8日目

ポッチャリ体型で6、7キロあった体重が今では日毎に100グラム以上減り、4、3キロまで落ちました。
体長が長い猫なので、4キロちょっとでも骨と皮だけに。

癌特有の痩せ方で、脂肪と筋肉が一気に落ちるため、トイレも両側から支えてあげないと、ヨロヨロと崩れ落ちてしまいます。
それでも自力でトイレに行き、終わったあとは疲れきった様子でその場にグタっと倒れこんでしまいます。

ステロイド投与効果で少し食欲をみせても、缶詰の液体を一舐めしただけで吐いてしまう。

最近では常に口から泡を吹くようになってきました。

一般論的には飲まず食わずが一週間続くと、その辺りが命の灯火が消える目安と言われています。先生からも同じことを言われていました。

でも、もうその一週間を過ぎてもリロは頑張って生きています。

ここ数日の行動は、日中は人を避けるように、体が楽になる場所を探すかのように部屋の片隅でうずくまっています。 時々、吐いてしまうことも。 そして体調が落ち着いたのか、寂しくなったのか…暫くすると、母のいる布団の上に戻ってきます。終始、眠れては居ないようで、あちこち場所を変えながら。

10年間ほぼ毎日朝から晩まで一緒に過ごしてきた母といることがリロにとっても一番心地よいだろうと、私は食事作り、通院、買い物、掃除を中心とした家事に徹しています。
母の食事もリクエストを聞いて作り、二階の部屋まで運んで。
いつ何があっても良いように、リロと離れることはない体制が自然に出来上がってしまいました。母がトイレやお風呂に行くときは私と交替。

父は、タムの散歩や洗濯物、食事の後片付けなどを中心にサポートにまわってくれています。

近所に引っ越した弟も毎日様子を見に顔を出し、休みの土日はタムの散歩にいってくれています。 今、我が家ではすべてがリロを中心に回っているのです。

家族皆がリロを気遣い、優しい言葉を掛けることがリロに通じているのか、この3~4日はヘロヘロの体の全力を振り絞って、下のリビングに行きたがるようになってきました。

そして、部屋の真ん中の椅子の上で30分ほど家族と過ごします。

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ちょうど食事をしていた時、匂いに釣られてか、リロも食べたそうな顔をしたので、一番好きな缶詰を開けてやったときの画像。

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結局、何も食べられなかったけどね。


夜も1時を過ぎたころ、まるで挨拶をしにきたかのように必ず下の部屋にやって来ます。

撫でられて喉を鳴らして、直ぐにグッタリしてしまうのだけど、その時間に降りてきた時には熟睡していたタムも必ず起きて顔を出すのです。
そして匂いを嗅ぎ合い、鼻と鼻でキスをする(*^^*)本当に微笑ましい光景。

抱き抱えて二階の部屋まで連れて行くときは喉を鳴らし、布団に下ろすと崩れ落ちるように倒れ、苦しそうに荒い息遣い。

そこまで家族に愛情を伝えてくれなくても、もう頑張らなくて良いよ。
最近はこの言葉が家族みんなの口癖のようになってしまいました。


リロの生きることへの頑張りと言うか執着とも言える生命力に先生も驚いてました。

対処療法しかしていないリロちゃんが、これだけ頑張れるのは家族と一緒にいたい。 その気持ちだけで、命が繋がってるとしかいいようがないです。

家族の皆さんのリロちゃんへの愛情が伝わっているからまだ生きたいと頑張ってるんです。
これだけの衰弱と癌の進行でいつ逝ってもおかしくない状態。

だから、出来るだけ声を掛けて、出来るだけ触って、抱き締めてあげてください。

見ているのが辛くなるほど、苦しそうに痛そうにしている姿と、全身全霊を込めて甘える姿のギャップが余りに大きすぎて、どう最期を迎えてあげたら良いのか、混乱しそうになることもあります。

病気が発覚した時、命が助からないと知った時、出来るだけ楽に苦痛や痛みなく、早く逝かせてやりたいと家族みんな思っていました。

ある程度治療しても苦痛が軽減されないのなら、安楽死をさせてやるほうがリロにとっても幸せだと思っていたのです。

でも、この1ヶ月余り、リロの姿を見ていると余り健気で可愛くて、家族に全幅の信頼を寄せてくれている行動を見ると、安易に安楽死の選択はできなくなってしまいました。

命と向き合うと、こんなに気持ちが変わるものかと驚いています。

これからの数日がリロと家族の最後のコミュニケーションを図れる貴重な日々になると思います。 出来るだけ穏やかな時間を過ごしたいです。

2013年2月20日 (水)

リロ闘病記⑦ (悪性リンパ腫)

日毎に体力が落ち続けるリロ。


飲まず食わずになってからもう5日目。
自分の顔を支えることもできないくらい、ぐったりとした表情が続きます。


今日の診察では、ほとんど筋肉が落ち、自力で動くこともしんどく辛そうな状態になってきたことから、最期の緩和ケアの砦であるステロイド投与の治療が始まりました。


健康でまだまだ長生きする人間や動物に対してのステロイド治療は副作用もかなり強いため、使用量、使い方などを考慮した上で、使用しなければなりませんが、リロの場合、もう残された命の灯火はあと僅かと先生も見極めたのでしょう。

特に全身の癌である悪性リンパ腫にとって効果の高い薬で、体中の痛み、倦怠感なども緩和。精神的な部分にも作用し、元気さを取り戻す場合や食欲が戻る効果も期待できます。

長期的投与は、ホルモンバランス、骨密度、後のうつ状態、筋力等の低下など重篤な副作用をもたらしますが、リロにとっては、悲しいがな長くない命。その心配をするより、今の苦痛を和らげることが最優先です。

そしてこのステロイド以外に他の方法はもうなくなってしまったのが現状です。


毎日の嘔吐、それに伴う体力低下、動けないほどの脱力感、食欲不振、体重減少と癌特有の痩せ方(脂肪と筋肉が一気に落ちる)を少しでも緩和させるため、ステロイド投与に踏み切ることを家族も承諾しました。


抗がん剤と併用することの多いステロイドですが、リロの場合、抗がん剤治療は受けないことにしているため、これが最後の緩和治療となります。


体力が落ち切っているリロにとって、初めての薬は何かしらの体調の異変が起こります。
今日も帰ってきた途端、苦しそうに吐いてしまいました。

それでもタムと母や私が玄関に出ると、ギリギリの体力を振り絞って、外まで出てきます。
そしてバタっと石畳の上に倒れ込みます。
そんな思いまでしても家族の傍に居たいようです。
部屋に抱っこして連れて行くと、ゴロゴロと喉を鳴らし、お腹を出して甘えてきます。


2月いっぱいまで生きられれば、今のリロちゃんにとっては十分頑張ったといえるでしょう。
と先日先生に言われた言葉がよみがえります。
2月が終わるまであと約1週間。
ステロイドの効果が少しでも出て、痛みや苦痛が軽減されることを願い続けます。

2013年2月19日 (火)

野菜たくさんパスタ&うどん・・・そしてリロ (悪性リンパ腫)

輸液治療をなくしたことによって、体調の変動が少し治まったリロ。


飲まず食わずが続き、体温も上昇気味でぐったりはしていますが、見守る家族の覚悟が出来たこと、そして辛そうな行動が減ってきたことで、昨日&今日は少し落ち着いた日々を過ごしています。

相変わらず、夜中の嘔吐は続きますが、一日中よりは見ている方も、リロ自身も少しは楽な様子。


人間も少しはまともな食生活を送らないと、これからのリロの病魔との闘いに負けてしまいそうなので、久しぶりに自分の食べたいものを作りました。


ブログ等でもよく出てくる、私特製トマトソース仕立てのナポリタン。
私も家族も大好物なのです。


昨日は自分の花粉症対策の為、リロの病院の後、私も病院に行ってきたので、帰りに買い物もして。


冷蔵庫に買いだめしたあった山ほどの野菜を使い切る勢いで(笑)ソース作り。

豚肉ロース
ソーセージ
玉ねぎ
人参
ピーマン
ナス
シメジ
椎茸
エリンギ
スナップエンドウ
が今日の材料。
具材をオリーブオイルで全て炒めた後に、野菜とお肉から出る水分と多目の白ワインで15分程煮込むのが私流。

トマトのホール缶とブイヨン、コンソメ、ハーブ、塩コショウで味付け、少し煮込んでから、火を止めて冷まし、味を馴染ませてソースの出来上がり。

ナポリタンなので、少しケチャップとお砂糖で酸味をマイルドにします。

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最後にチーズを入れてソースに絡ませ出来上がり。超具だくさんパスタです。とろみのあるソースなので、アツアツで食べると体の芯まで温まります。

昨日は、久しぶりに仕事帰りの弟も呼んで、時間はバラバラですが、家族で同じモノを食べました。



今日は昼前から雪がちらつき、底冷えする寒さだったので、ランチはご飯&納豆メニューから急きょ饂飩に変更。

小松菜
椎茸
シメジ
白ネギ
お揚げ
半熟卵
が今日の具材でございます。
ちょっと濃いめの関東風出汁。

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昨日&今日で不足しがちだった野菜も十分摂れました。

やっぱりちょっと手間がかかっても、自分好みの自分で作ったおうちごはんは美味しい(●^o^●)


昼ごはんを作っている間、病院から帰ってきたリロは、1階リビングの父がいつも座る椅子の上でずいぶん長い時間寝てくれていました。

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今まで、リレーのように、同じ食事も別々に食べていた家族でしたが(2階でのリロの監視と片づけ等役割分担があるため)久しぶりに家族3人とリロを交えての食卓。
当たり前の幸せがとても貴重に感じられるひとときでした。


片づけとタムのごはん作りが終わるまで大人しくしていてくれたリロ。
私と母の用事が終わると、
『2階にいきたいの』というまなざしで階段の下で待っています(笑)

抱っこしてつれていくと、
『あ~これアタシの布団、シアワセ幸せ♪お母さんもいるし、おねえちゃんもいるし(*^_^*)』
ってな顔でこっちを見つめます。

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何度もハラハラドキドキ心臓が止まるような思いもさせられたけど、まだまだ元気なお顔です。
これから毎日衰弱は進んでいくだろうと覚悟はしてますが、この可愛い顔を一瞬でも見られる限り、頑張って行こうと思います。


4時からは今度はタムを連れて病院へ行ってきます。
耳の中が炎症を起こして、目の周りにイボのようなものが増えてきてしまっているのです。
毎日欠かさず、ブラッシングと耳掃除はしているのですが、耳の炎症は治りそうもないので…
リロばかりに気持ちが集中して、タムを放っておくのは忍びないので、ちゃんと診てもらってきます。

雪、大丈夫かな~。

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