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2009年11月11日 (水)

祖母無事帰る。

今日は一日土砂降りの雨。
天気予報で昨日の夜からお天気崩れるとはわかっていても朝起きてザーザー振りはちょっと憂鬱。

さて、先週から預かっていた祖母、月曜日に無事帰宅した。
本当はもう少し預かる予定だっだけれど伯母が土曜日旅行から帰宅している事が分かっている祖母は、落ち着かなくてイライラ。
365日介護が必要な祖母と二人暮らしでは伯母自身が大変だろうと多目の日数預かることを決めたはずだったのに(我家と伯母は双方了解済み)、祖母本人が納得いかなかったわけであります。
祖母の心境としては、
旅行先から一人で帰ってきたのでは、伯母が寂しいに決まっている。
帰って来ているのにどうして私(祖母)を迎えに来てくれないのか。
と思っている次第。

時代が変り、病気で入院しなくとも介護施設やデイサービスなどお年寄りを預かってくれる団体がここ数年とても増えた。それだけお年寄りを抱えた家族が急増している証拠。私が住む東京都町田市は福祉、介護施設が充実している街と言われ、私の家の近所にも老人ホームや介護施設など、数えられるだけで10以上はある。訪問介護など小さい事務所を合わせたらその倍はあるのではないだろうか。タムと夕方の散歩に出かけるとお年寄りを施設から自宅へと往復するライトバンやワゴンを何台も見かける。

祖母も介護認定を受け、そういった施設に預かって貰ったりサービスを受けることも可能になっている。けれど本人にその意識はまるでない。自分が家族の負担になっている事は考えたくもなければ、考えられないのだ。
家族と一緒に過ごすことが一番。家に居たい。それは当然の思い。それはみな同じであろうと私も思う。
それだけなら良いのだが一番困ったことは、施設を利用している家族は『お年寄りを捨てた家族』、施設を利用するお年寄りに対しては『家族に捨てられた哀れな年寄り』と言う認識があまりに強いこと。それは祖母が若いときから変らない。100歳になってよりその考え方が強くなった。
その思いを他人に平気で発言してしまう為、昔からご近所様方と揉めた事数知れず。近くで聞いている家族は冷や汗ものだった。

祖母の意向を尊重しずーっと家族のもとで生活しているが100歳という年齢を過ぎた最近は日々の介護の負担も大きくなっている。朝から晩まで付きっ切りの生活は家族だから故に強い口調になったり、感情が抑えられなく事もある。介護する側が疲れきってしまい、常に笑顔で接することも難しくなってきているのが現状。実際、母も私も体調を崩した。

介護されるお年寄り、支える家族それぞれが健康で笑顔でいられるために、使えるサービスを利用することは双方にとってプラスになると私や家族は考える。我家の場合、今は幸い外で仕事をしている家族が弟だけなので家で面倒みられるが、仕事を持った家庭ではサービスを利用せざるを得ないケースも多々ある。誰もお年寄りを見捨てて施設に預けるわけではないのだ。
しかし人嫌いな祖母にとっては苦痛以外の何ものでもないのであろう。他人に面倒をかけることなんて家族に捨てられた証拠。そんな事祖母のプライドが許さない。やんわりと説得しようものなら、「もう死にたい。」を繰り返す。生きる気力を失ってしまうのだ。思い込みが完全に固まってしまっている老人に今の介護の現実を理解してもらおうと思うこと自体、無理なのかもしれない。
現実はなかなか難しい。
祖母は伯母の家に無事戻ったけれど、今後の課題はより大きなものとなった。

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